手渡された書類にざっと目を通すと、とんとんと揃えて検印を捺す。
「ご苦労。今回の調査は簡単で良かったな」
「もう終わり?」
「大したことのない調査だったろう?」
「だったらわざわざ俺を行かせるなよ」
「わざわざ此処の人員を割く価値がないと判断したんでね」
「はぁ~!?」
軽口の応酬。心底不満そうな顔をしているけれど、内心では再会の悦びを噛み締めていることだろう。バイブレーターのスイッチを切ったままだから、慣れてしまったのか、すっかり余裕の体だ。と、ノックの音と共に、お盆を抱えたホークアイ中尉が入って来た。
「エドワード君、アルフォンス君、お疲れ様」
「あ、ホークアイ中尉!こんにちは~。おやつの時間ですか?」
「えぇ。コーヒーとガトー・ショコラ。エドワード君、チョコレートは平気?」
「あ、はい。ありがとうございます」
座るように促されて、応接セットに向かい合うようにして、兄と大佐が腰を下ろす。それぞれの隣に、弟と副官が座る。
「カフェ・ルノワールの一番人気のガトー・ショコラよ。コーヒーは司令部のだから、あまり美味しくはないけれど」
「お勧めだぞ」
楽しそうに笑う大佐は、たしか甘党だった。その笑顔を、決して自分に向けられたものではない笑顔を、兄は胸をときめかせながら焼き付けるのだろう。・・・腹が立つ。
「へぇ、美味しそうですね。今度ウィンリィとばっちゃんに持って行こうよ、兄さん」
可愛い弟のふりをして、そっとバイブレーターのスイッチを入れる。
「! ・・・あぁ、そうだな、アル」
びくりと一瞬跳ね上がったが、すぐに平静を装って会話を続ける。嗤い出しそうになった。徐々に振動の強度を高めていく。
自分の大好きな人の前で、弟にお尻にバイブレーダーを突っ込まれて、快感に耐えているだなんて、随分と面白い光景じゃないかい、兄さん?大佐にそんなことばれちゃったら、大佐はどう思うんだろうね?兄さんは目の前の大佐がショコラを食べる幸せそうな顔を、自分と共に楽しんでいると脳内変換でもすればいいよ。
そしたら、僕がもっともっと虐めてあげるから。
あぁ、でも気持ち良くしてあげたら、イジメにはならないのかなぁ?ふふふ。ねぇ兄さん――?
平然と刺激に耐えようとしても、呼吸が途切れて頬が紅潮している。向かい側の二人からはローテーブルで見えないかもしれないけれど、ペニスが勃起しているのが厚いズボン越しでも窺える。会話だって上の空じゃないか。快楽に任せて、大佐の前でいやらしい姿を見せてしまえば?おやつの時間にいきなり射精するだなんて、随分と可愛らしい粗相でもしてみせたらどうなの、兄さん。
「・・・? どうした?鋼の」
「・・・ぁ、」
突然名前を呼ばれて、紅潮した顔をくいと上げる。目線の先には、心配そうに兄を見つめる二つの目線。
「気分悪そうだぞ。大丈夫か?」
「口に合わなかったのかしら?窓、開けましょうか?」
「あ、ぅん」
心配そうに覗き込んでくる大佐と合わせて、バイブレーターがうにうにと中で動き出す。粗相をしてしまうのは、もう時間の問題だろう。
「鋼の?」
ぐいっと額が触れ合いそうな距離まで、大佐の顔が近付いてきた。恐らく、額を当てて熱がないか確認しようというのだろう。吐息が、金色の前髪を揺らす。
兄さんに触れられたくはないけれど、触れられた瞬間に兄さんの砦は崩れてしまう。愛しい男の前で、電動の玩具で射精してしまうなんて、誇り高い兄さんのこと、耐えられようはずもない。
滅茶苦茶に、壊れてしまえばいいのに。そうしたら、僕だけのものになるのに。我慢は身体に悪いよ?僕の前でやってるみたいに、可愛いペニスの先っぽから、精子を撒き散らせば良いじゃない。
「兄さん?」
「っ! と、トイレ!」
ばん、と、大佐を突き飛ばすと、兄は駆け出した。
軽く尻餅をつきかけた大佐は、呆れた様子で溜め息を吐く。
「なんだ、鋼のはトイレを我慢していただけなのか」
「まぁ・・・気を遣わせてしまったようですね」
呆れた様子の大佐と、申し訳なさそうな様子の中尉。当然ながら気付いていない二人。何にも知らない二人。
「でも、兄さんの様子が何処か尋常でないような気がして・・・。僕、心配だから見てきますね。何処かで倒れてるとか、大変ですから」
「あぁ。すまないが頼めるかな。ただの腹痛とは思えない雰囲気だったようだし」
「お願いね。・・・アルフォンス君はお兄さん思いね」
心配している二人は、おずおずと言い出す健気な弟の僕に当然の賛意を示す。本当に、何にも知らない。
誰にも助けを求めることが出来ない兄のことを思って、ひっそりと笑みを浮かべた。
「兄さん」
時間帯があったのか、誰も居ないトイレの一番奥の個室を開く。
「・・・あ、」
便座に座って、淡い色のペニスにトイレットペーパーを押し付けて、快楽の余韻に浸っている兄さん。心が妙に冷める部分と、妙に熱い部分の二つに裂かれていく。
「ふぅ~ん。今、会ってる真っ最中だからね。大佐のこと、考えやすかったよね?どう?いつもより気持ちイイ?」
「言うな!」
「あそこで出しちゃって良かったのに。大佐、兄さんが具合悪いのかーって、心配してたよ」
ぴくり、と、肩が震える。兄さんの顔が、怒りのためかどんどん青褪めていく。
「具合の悪い理由、教えてあげれば良かったかなぁ?ね、どう思う?兄さんは、僕がお尻に突っ込んだバイブが気持ち良かっただけなんです、って。いっつも大佐のこと考えながらやってます、って」
「やめ、ろぉ・・・っ!」
搾り出すような声は、泣いているようだった。感覚がないはずなのに、ぞわぞわとした感覚が駆け巡る。
「・・・・・・して」
「?」
「・・・・・・どうして、こんなこと」
握り締められた手が震えている。胸が痛む前に、兄さんを独占しているという歓喜を覚えてゾクゾクする。僕はもう、狂っているのかもしれない。
「どうして?そんなこと、解りきっているでしょう?」
くすくすと嗤いながら、人差し指の背で蒼白い頬をなぞる。
「僕が兄さんのことを好きだからに決まっているじゃない?」
僕も兄さんも、同じように振り向いてもらえない人に恋をしている。
兄さんは現状維持を望むから、何も言わない。
僕は現状打破を望むから、兄さんを責め続ける。
同じだけど、全然違う。
だけど。ねぇ兄さん。僕の想いを知りながら、僕の行為を甘受し続けてる貴方だって、よっぽど狂ってると思うよ?貴方は僕以上に、残酷な人間だよ。被害者面しないで、兄さん。そんな偽善者みたいなことするくらいだったら、どろどろの欲望を曝け出してみたらどう?僕の前で綺麗な涙を流すよりも、よっぽど建設的だよ?
欲しい、と。
欲しくて欲しくて堪らないのだと、愛しい愛しい大佐の前で、腰を振って強請ってみたら?出来るでしょう?
ねぇ兄さん。
「僕は貴方を愛している。――それだけだよ」
終